サンプルページ

そんなふうになってしまう原因はどこにあるのか?それは家が狭い、モノが多いという物理的な理由ではなく、客を迎える精神的な態度そのものにあるのではないか。わたしにはそう思えてきた。実際、欧米人の接客態度と日本人のそれとは根本的に違うのである。欧米人の家に招待されたとき、彼らに共通しているのは、「さあ、これがわたしの家、家族です。どうぞ見てください」という態度である。しかし、日本人はそもそも家を見せるという発想をもたない。どちらかというと「見ていいところだけ、どうぞ見てください」という態度である。どうしてそうなのだろうか?もしかすると、こういうことかもしれない。明治以来これだけ西洋化が進み、戦後はアメリカナイズされつくしたかに見えようとも、わたしたち日本人の意識や感性、心性にはかなり根深く「日本人的なるもの」がインプットされているからなのだと。欧米的な家をめぐるさまざまな無駄や混乱は、実はここに根ざしているのではないか。衣は欧米流でも中身は日本人で、その鮒擁が混乱を生んでいる。そうも考えられる。では、わたしたちは西洋という衣を脱いだ自分をどれだけ知っているのだろうか。ほとんど何も知らない。となれば、過去にさかのぼってみるしかない。

Comments are closed.